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BL、生活、その他いろいろ

祖母の呪い  

  c71さんのブログ(c71の一日)とかツイート、リツイートを見て、私の呪いについて書いてみよう、と思い立ちました。(どのエントリを見たのかどうしても思い出せなかったのですがリンクできないんですが...)

    →追記  

c71さんが一連のお話をまとめたエントリを書かれていたので、元の話についてはこちらを参考にして下さい。

抑圧、差別、呪いについての連続エントリのまとめ - c71の一日

 

 私の家の隣には、父方の祖父母の家が建っています。小さい頃はよく遊びに行ったり預けられたりしていて、祖母と過ごす時間も多かったのですが、私はそこで、祖母にかわいくない、不細工、太ってる、性格が悪い、出来が悪い、頭が良くない…と頻繁に言われました。弟もいたけど、弟はそんなこと言われず、ちやほやされて育っていたので、私はそう言われる原因は、私が女だからだと思っていました(実際祖母は昔ながらの男尊女卑!良妻賢母!女は愛嬌男は度胸!を信じるひとです)。いつも、弟や従兄弟とくらべて悪口を言われる、弟なら褒めてもらえることを褒めてもらえない。それは私が女で、弟や従兄弟が男だからです。幼なじみの女の子と比べられて悪口を言われるのは、私が女で、女として「できていなかった」からです。

 

 私は当時負けず嫌いで、プライドもおそろしく高かったので、学校では褒められる絵とか、テストの点数とか、あと普通だとおもってた体型とか顔とか、そういうものを貶される(わたしより弟のほうができていないのに!)のが嫌で、見返してやろう、弟達を負かしてやろうと思って、「いいこで」「賢く」あるようものすごく神経を使って努力をしていました。大人に褒められて好かれるように、いい高校に行っていい大学に行っていいところに就職できるように、それがいいことだと思って頑張りました。それから、女でいること、それで損することが気に食わなかったので、「女でない」ことも私にとっては大事で、ピンクとかふりふりとかは着ない、おしとやかな貞淑さを求められても反発する、男まさりでいることがいいのだと思っていました。

そうやって思っていたから、頭の悪い人はバカでだめなやつだし、大人に嫌われる人は分かってないと思ってたし、女の子らしい、可愛い子は頭の悪い嫌なやつだと思って、私はそうなるまいと思って高校くらいまで過ごしました。

 

 高校になって、そういう自分の思い込みと、生活と、気持ちが一致しなくなって、苦しくなってうつになりました。そこから回復する過程で、今まで私を苦しめていたものはなにか、偏見はなにか、楽になるにはどうしたらいいかを考えたところ、祖母の過去の言動(現在も変わりないですけど)があり、祖母の言葉に縛られた自分を自覚し、そこから脱却しよう、と思ったのです。そういう風に思い立つまで、ものすごく長い時間がかかりました。長い時間、私は私のことを性格が悪くてブスで出来が悪いやつだと思っていました。実際他の人から見たらどうだったのかは知りませんが、私はそう思っていて、どれだけ頑張ったって自信なんか得られなかったのです。

 

 私を評価して縛っていたのは祖母だけじゃなく、その息子である父もなんですが、祖母の言動に加え、父による金銭的・肉体的な劣等感や、理数系の思考力の不十分さ、遊びの否定、コミュニケーション能力のコンプレックスなど、そういったものに縛られている自分を日々発見しては、落ち込む、ということを高校時代は繰り返していて、なんとかそこから抜け出したい、彼らと同じ価値観ではいたくない、と思うようになりました。だけど、そう思っていても、簡単にはいかなかったし、今度は今までの反動で、「コミュニケーションを多くとること」「見た目やファッションを完璧にすること」「自分の趣味やファッションにお金をかけ(られる自分でい)ること」に固執しました。当時はそれが解放された証だと思っていたけど、後から思うとそれも呪いの延長でしかなかったし、開放感を感じつつもつらい期間でした。けど、その期間は私にとっては必要だったのだと思います(その辺のことは自信をお金で買うこと  とかに書いてます)。

 幼いころ縛られていた価値観も、大学の時に固執していた価値観も、一見「世の中で大切にされている、一般的に良いとされる」価値観なので、自分がこういった「よい価値観」に苦しめられているということに気づきにくい。私の場合、祖母の言動はおかしい!嫌だ!と気づいて、そこからは解放されても、今度は「世間一般の価値観」にとらわれてしまっていました。そこから抜け出すことは難しい。前に比べればましだけど、やっぱり顔や体、賢さに関するコンプレックスは抱えたままです。

 

 私は何もしなくても別に不細工じゃないしそこそこかわいいし、性格もすっごく悪いということもなくまあまあいい人だし、勉強もできる方だし、数学もできないけどⅠAは楽しくやれたし、しゃべるのは苦手で疲れるけどなかなかうまく出来てるし、出来ないこともあるけど別にそこまで出来ないわけでもないし、得意なこともできることもあるし、女らしくもなく男らしくもないけど、わたしらしさはあってなかなかいい味出てると思うし、女だからといって理不尽さを許容する必要もないし。かわいさを楽しむことも、フェミニンを楽しむことも、遊びを楽しむことも、お金で何かを買うことも、すっぴんの日があることも悪いことじゃない。アイドルも洋服も遊ぶのも好き。欠点もあるけど別に恥ずかしがることもないし、気にしすぎなくてもいい。みんなそうだし。割りと自分はいいかんじなので褒めてもいい。

 

 多少のコンプレックスは抱えつつも、ここまで思えるようになるのに、自分の評価によって自信を持てるようになるまで20数年かかりました。ここまできて、やっと肩肘はらずにいても大丈夫、という程度の自信は持てるようになったのです。過度なプライドやファッション、学歴で自分を覆わなくても、そのまま適当に暮らしててもなんとかやっていける、と思えるまで20数年。長かった!でも、私は短かったほうかもしれないし、今後も悩んで変わっていくだろうから、まだまだ時間はかかるはず。

 

 たった一人の、特にどうということもない1人の言葉で、こんなに長い間しんどい思いをしていたなんて、と、今思うと滑稽ですけど、恐くもあります。

きっと祖母も父も、私がこういう思いをしていたってことを分かってない。分かってないけど、自分の言葉の力や影響力は分かっていて、それらで私を縛り付けようとしている。それは今でも感じます。でも無意識だし、そういう力を使うことに違和感とかも感じてない。そもそも、自分の価値観が間違ってると思ってないから、私達が言うこと聞くのが普通って思ってるかも。

 

 父や祖母にかぎらず、こういう呪いは大小様々、いろんな形で日々身近にあって、気をつけていても、いつのまにかまた別の呪いにかかってしまう、なんてこともあるんだと思います。それを防ぐすべは、未だに分かっていません。

他人の言葉にコントロールされないこと、でも自分の価値観も過信しないこと、呪いをかける側にならないこと。全部とても難しい。

 

 むずかしいけど、そういう「呪い」っていうものがあるんだって分かって、それが共有できる場(ネット)ができたっていうのはきっと大きい。他の人のエントリとか見て、ほうほうそんなこともあるのか!私ならどう思うかな、と想像することは無駄ではない。多分、色んな人の色んな意見を聞いて、想像して、考えてっていうのが、大事なんじゃないかな、と思ったのでした。

 

 

追記

私は「女であること」が呪われた理由でしたが、同じように「男であること」で呪われたのが弟です。昔は羨ましかった弟も、私と同じような立場だったのだと、呪いから脱した時初めて気づきました。私が「高校行かなくてもいいよ、お見合いして結婚したらいいよ」という呪いをかけられていた時、弟は「せめて高校は出て、職は手につけておかないといけない」という呪いをかけられていたのです。弟は、生まれた時から反抗期、生きるジャックナイフみたいな面が(特に大人に対して)あったので、そんな弟をコントロールして縛り付けようとする呪いのちからは、私への呪いより数段強かったのではないかと思います。暴力を伴う叱責も、弟は男の子だからという理由で多かったし、私は女の子で傷をつけるとお嫁にいけないからという理由で少なかったです。弟は私よりも先にうつになりましたが、うつになったことすら「男としてありえない」と言われていたので、私よりさらに苦しかったと思います(私がうつになったとき、比較的理解されて支えられ、呪いからの脱出に時間を割く余裕を持てたのは、弟の症状に周りが慣れていて、鬱になった事自体をとやかく責められることがなかったからです)。

弟とこういった話をしたことはないので、本人がどう思っているかは分かりませんが、祖母や父の言葉がコンプレックスになって、行動できなかった時期が長かったというところは同じだろうなと考えています。私と弟は昔はすごく仲が悪くて憎みあっていたのですが、私は出来の悪い弟が褒められているのが悔しくて負けたくな位という気持ちで頑固になっていたし、逆に弟は聞き分けのいい私と比べられてプレッシャーを感じていたのだろうな、と考えると、私と弟の関係って自分たちの意図とは別のところで、つまり呪いによって拗れまくっていたんだな、うちでは褒められるのも貶されるのも、どっちもどっちだったんだな、と今では思うのです。

 

おまけ 母の場合 おかあさんの話 肯定と呪いの二面性 - 333