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マイノリティと「友達」になりたい人へ

 セクシャルマイノリティの団体にいて活動していた時。「セクシャルマイノリティについて理解したいので、セクシャルマイノリティの友だちが欲しい」という理由で参加を希望される方がしばしばいらっしゃいました。いわゆるアライ(を目指す)方です。

 

まあいいんですけど、わたしはそれを聞くたびにもやっとした部分があったので、そのもやっについて今日は書きたいと思います。

 

 

もやっの理由1

「あなたは属性(特にマイノリティであること)で友達をえらぶんですか?」

 

友達というか、気のおけない人ができる機会があるというのはわたしにとっては嬉しいことなのですが、その理由が、「わたしがマイノリティであること」と言われるともやっとします。わたしはセクシュアリティの面ではマイノリティですが、別に他の部分はマジョリティであったり、まあわたしとしてのアイデンティティを持って生きているわけなので、そういう部分よりも「マイノリティである」という部分を最優先で友だちになってくださいって言われても別に嬉しくはなかったです。

 

 

「なんで見知らぬ人間の経験値上げるために無償で時間やらなんやらを費やしてやらなければならないのか」

 

友だちになるのはいいですけど、それってわたしに利益ありますかね?ってことです。「マイノリティ」であることだけを理由に友達を希望されて、それに付き合うメリットとは?ぶっちゃけ「友達」になっても楽しくないことが多い。「知識がないので友だちを作りたい」とおっしゃってる場合って、相手は知識がない人、何を言ってくるか、何をしてくるかわからない。それを訂正して正しい知識(?)を伝える役目を「友達」に求めているのだと思いますけど、それほんとわたしになんのメリットもないどころか損ですよね。

 

「別にマイノリティを理解するときに『友達』になる必要はないです」

 

友達にならなきゃ理解できないんですか?逆に言えば、友だちになれなかった場合どうするの?あなたの求める「友達」像に合わなかった「マイノリティ」はどう扱っていくんですか?

理解=親しくすることではないです。

それから、そもそも「理解」を求めるマイノリティばかりでもないというとこもあるなと思うんですよね。個人的な話ですが、マイノリティとして求めていることは、「この社会にいて当たり前の存在である」と考える、ということです。別に特別仲よくしてもらいたいと思ったことはありません。

 

 

みたいな感じ。

当事者と会話してみる、というか色んな人と話してみるということはとてもよい経験になります。

ただそれが、「搾取」になってないか?相手の「負担」になってないか?自分の経験・ステータスのためだけの一方的な関係になっていないか?ということに注意してほしいなと思います。

 

この人自分本位だな、マイノリティって言ったってあなたと対等な主体であって、観察対象でも研究対象でもなんでもないんだけど、と苦々しく思っていた時期が結構ありました、という話でした。

 

 

おまけ

わたしには英語圏から日本に留学してきた友人がいるんですけど、その子と友達として付き合う時、この「友達関係」は「搾取」になるんじゃないかってすごく悩んでた時期がありました。その子はとてもいい子で好きだったし、純粋に仲良くなりたかったという部分もあったんですけど、やっぱり「英語を学びたい」「違う文化について知りたい」みたいな欲望もあって、その欲望のために利用してるんじゃないかなって思っていたりしました。今はまあ普通に友達なんですけど、自分が「友達」を作るときにすごく「搾取」の面が気になるんですよね。わたしも搾取する側になってるところがあるなってすごく悩んだ時期が、上記の時期とかぶってたんですよね。しんどかったです。みたいな話です。おしまい。