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BL、生活、その他いろいろ

25歳、どんどん苦しい

最近とても苦しい。


7月に25歳になった。一浪し、二留目突入、うまくいけば9月卒出来るかもしれない。就職の目処はたっていない。恋人はいない。結婚の予定もない。ていうかアセクシャルだから、今後も多分予定はたたない。こどもも産まない。

お金がない。持病が寛解すらしない。将来、どうしていけばいいか、ロールモデルも見つからない。ロールモデルに支えられずに生きる勇気もない。


そんななかで、バイトを始めた。
子供の記念撮影をする写真館の店員だ。受付とか電話対応とかそんな感じの仕事だろうと適当に受けたが、大失敗だった。


家族がいる、こどもがいる、その幸せをまざまざと見せつけられる職場だった。

子供の記念日に、お金を払って、子供を綺麗に写真に納めてあげたいと思う家庭だ、円満なところばかりに決まっている。そういう家族を、延々と笑顔で迎え、見続ける仕事だ。


お宮参り、生まれたての赤ちゃん、お母さんにお父さん、両家の祖父母が集まって、幸せそうに写真を撮って帰る。

○○ちゃんあらかわいい!かわいい~!よかったね、かわいいね、ほんとうにかわいい、あ、この写真とてもいい。

そうやってきゃっきゃと幸せな時間を過ごしてみな帰る。

写真への予算は、人によるけど、5万くらい、さらっと払っていく人が多い。

それだけ、おめでたいことなのだ。


その様子を、わたしは受付に座って見ている。

25歳、なんの人生計画もたってない。恋人もいたことない。セックスもしたことない。親には負担をかけてばかりだ。

わたしは、あの空間の、あの幸せを親にプレゼントすることもできない。


恥ずかしながら、バイト中泣くときがある。あまりにもあの人たちが幸せそうで、その幸せをわたしは受け取れないし、プレゼントもできないし、それがつらくて涙が出る。


9月。卒業は決まった。

それを知って、みんなはこう言う。

「次は就職して、いい人見つけて、結婚だね」


母がわたしを産んだ歳まで、あと2年くらいだ。でも、あと2年してもわたしは結婚もしないだろう。
あと2年も、3年も4年も、それからずっと、親に失望させ続けるのだろう。ある種の幸せをプレゼントすることも、今までの苦労をある種の幸せでお返しすることもできないのだろう。


来年は26歳、再来年は27歳。
先入観もあるけど、出来ることが減っていく。大好きな洋服を、着る機会が減った。派手なネイルを塗る機会もなくなった。


制限が増えていく。
できないことが苦しい。
普通の人が出来ることができないこと。好きだったことができなくなっていくこと。好きなことをやるだけの体力や健康が維持できてないこと。
親を失望させ続けること。

恋愛できないこと。恋人を作らないこと。セックスしないこと。結婚も出産もしないこと。だけど、それがどんどん求められる年齢になっていくこと。



今、わたしはとても苦しい。