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BL、生活、その他いろいろ

虎徹さん嫌いだけどTIGER&BUNNY-The Rising-とても面白かったよレビュー追記

 の間のレビュー、2つも書いたのに、結局なぜ虎徹さんが嫌いなのに映画を面白く見られたのかを書いてなかったことに後から気づきました。

 

 前回のレビューでも少し触れたんですが、そもそも、なぜ虎徹さんが嫌いになったかというと、虎徹さんが私の嫌いな世界に住んでいる人物だ、ということを強く感じてしまったせいです。それの世界は、男性中心で、古典的な日本の良い家庭観の色濃い世界。周りに迷惑をかけながらも自分なりに一生懸命体を張っていれば報われるはず、不器用で周りから理解されなくても心意気と誇りをもって働く。年下にはうざいとかお節介だと言われながらも世話を焼き、女性には不器用で過保護に扱い、同年代の男性とは「男の」友情をむすぶ。仕事のせいでなかなか構ってあげられない娘に対しては、慣れないながらも時にはサプライズで喜ばせ、時には厳しく叱って思いやる。愛しあった女性に後押しされ仕事を続ける。このあたりが、少し前の「理想の働く男性」「理想の父」「理想の夫」を連想させるな、と思っていました。それに、映画Beginngでは、虎徹さんの中での妻・友恵さんが、自分がヒーローを続けていくことを正当化する根拠として象徴化されすぎているのではないか?虎徹さんの家庭の女性は、男性を支えるためのマスコット化されていないか?と感じ、なんともいえない不快感があったのです。

 

 最近、こういうツイートを見ました。

<blockquote class="twitter-tweet" lang="ja"><p>ヘテロ展開や女キャラのことを「虫唾が走るほど嫌い」な女性達の気持ち、最近になって、理解できるようになって来た。そのヘテロ展開や女キャラ自体が、作者の「性差別意識の集大成」である場合が、本当に多いからだよな……。</p>&mdash; 極小木 (@5S_ROLL) <a href="https://twitter.com/5S_ROLL/statuses/425557487991799808">2014, 1月 21</a></blockquote>

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 すごく納得。私は男女の恋愛が描かれたものや、女の子が女の子として描かれている作品が気持ち悪くて読めないのですが、このツイートはそんな私の抱える違和感をきれいに言葉にしてくれています。

 タイバニにおける虎徹さんへの気持ちも、これに似たものがあるのかもしれません。あのアニメは、虎徹さんのための物語なので、虎徹さんの「ヘテロ異性愛者)」としての、「男性」としての恋愛や家庭、人生観を肯定し、正当化している。それによって虎徹さん自身を肯定し正当化する。虎徹さんのジェンダー観、無邪気な性差別意識(というとおおげさかもしれません)の集大成があのアニメの展開軸になっているのではないだろうか、と考えました。

 

 なんかこう言うと、すっげージェンダー的に嫌なアニメじゃん、ってかんじですが、全然そうじゃなくて、むしろタイバニ制作陣にはLGBTに理解がある人か、当事者が含まれているのではないか、と言われていたくらい先進的な部分もあるのです。今までのアニメの中でも珍しいくらいジェンダーロールに囚われていない。すごいことだと思います。

だから、虎徹さんの人生観は、制作側が意識的に描いたものなのかもしれません。でも、アニメの中で虎徹さん自身が正当化され続ける限り、虎徹さんの性差別意識を色濃く感じてしまう。うーん。

 

 これが、私がタイバニから離れた理由です。虎徹さんが正当化されているとか、シスヘテホモソ男性だとか、そういう感じ方が私の勘違いだったり、読みが浅いせいだという可能性は非常に高いのですが(アニメを繰り返し見ているわけでもないし、考察を追っているわけでもないし...)、まぁそんな訳なのです。

☆ちなみにシスヘテホモソはシスジェンダーヘテロセクシャルホモソーシャルってことで、シス=自分の性別に違和感がない人、ヘテロ=異性愛者、ホモソ=男性だけで強い連帯を築くこと(異性愛中心、年功序列、男性が働いて女性が家事....ということにもつながる)みたいな意味で使ってます。

 

 なのに、なぜ今回の映画が面白く見られたかというと、簡潔に言えば、虎徹さんがいなくなったからだと思います。ヒーロー一軍から、物語の中心から、虎徹さんがいなくなった分、虎徹さん以外の人にもしっかりスポットがあたった。虎徹さんとは違ったジェンダー観を持った人々のストーリーがしっかり見れたからだと思うのです。

 特にネイサンのエピソードはすごい。ネイサンは、セクシャルマイノリティで、昔はそのことにとても苦しんだ。トラウマになるほど苦しんだ。けれど、最終的に性別、性指向(恋愛対象が誰になるかということ)、家族、世間のジェンダー観を乗り越えて、自分は自分らしく、自分のために生きる、という人生に自信を持つ。虎徹さんの保守的で昔風な生き方に対して、ネイサンの生き方は自由で今風。この二人のエピソードが、交互に展開されていく。それに、ライアンも虎徹さんとは全然違う生き方をしている人ですよね。彼の存在も結構キーポイントになってる。もちろん、他のヒーローたちのエピソードもしっかり入っているので、一つ一つ、一人一人のエピソードに偏らず、世界が特定の人生観に支配されない。虎徹さん鬱陶しい!って思っても、嫌になる前にタイミングよく別の人のエピソードに移る。ネイサンのシリアスシーンに涙ぐんでも、重くなり過ぎる前に違うシーンが映しだされる。ギャグもあり、戦闘シーンもあり、とてもテンポが良い。飽きない。なんというか、虎徹さんのことばっかり気にしてられない!虎徹さんが悩んでる間にも世界は動いている!みんな一生懸命生きてる!世界は虎徹さんのものだけじゃないんだ!ってかんじなんです。

 

 これが、虎徹さん嫌いだけどRisingを楽しく見ることが出来た理由です。

まぁ、最終的にみんな虎徹さんの味方だよ!どんな虎徹さんでもヒーローだよ!\全肯定/ってオチなのでアレなんですが、まぁまぁ許容範囲内・・・・かな・・・・うーんどうかな・・・・。すっきりしないといえばすっきりしないんですが、そのすっきりしなさを吹っ飛ばすくらい、他のシーンが良いので、特に戦闘シーンが素晴らしいので、特に戦闘シーンが素晴らしいので大変満足です。楽しかった。画面の楽しさ、というのも大きかったです。虎徹さんうざいなって思っても、虎徹さんの背景の町並みが面白い。美しい。常に何かしら、楽しんで見られるものがある。

 

 そういえば、舞台版も楽しく見られていたんですよね。今思うと、あれも虎徹さんだけの物語じゃないかったことと、虎徹さんのストーリー描くことよりもスーツとアクションを重視して特化したものだったことが理由だったのかもしれません。

 

 DVDはまんまと買っちゃう予定です。でも、やっぱり劇場で見て面白い作品、劇場で見るからこそ楽しい作品なんだろうな、と思うので、余裕があったらもう一回くらい見に行きたいなー。